手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

生きること ※投稿文

新年を迎え1月になると必ず思い出す言葉がある。「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」がそれである。これは、トンチで有名な禅僧、一休の句である。正月はめでたいというが、裏を返せば、また一つ歳をとり死に近づくのであるから、めで…

築地の阿弥陀さま

本日、築地の阿弥陀さま(築地本願寺)と対面してきました。私の落ち着く場です。東京に来た際は必ず挨拶に伺います。 今回の聴聞会場(常例布教)は、新しくできた多目的ルームでした。聞法ホールもよいですが、この会場も新鮮でよかったです。 それにしま…

気づくこと

(一般的に)目の前に現金が落ちているにもかかわらず、拾わない人はいるでしょうか。もし、そういう方がいるとしますと、そのことに気づいていないのでしょう。何事においても、「気づく」ということは、生きていく上でとても大事なことだと思います。南無…

正受正法

正しい教えに出遇う。さらに、その教えを正しく受けとることは、普通に考えて、かなり困難なことだと思います。いま、こうして南無阿弥陀仏に出遇えていることは不思議というしかありません。阿弥陀さまのなせる業(わざ)です。 (新幹線🚄の中で)

念仏は循環している

阿弥陀さまと私を繋ぐ南無阿弥陀仏。 念仏(南無阿弥陀仏)は、阿弥陀さまと私の間を、円のようにクルクル循環しています。つまり、阿弥陀さまと私は対話しているということです。 (新幹線🚄の中で)

お念仏

念仏(南無阿弥陀仏)で、阿弥陀さまと対話ができます。知恵がない私ですが、文字や音声となった南無阿弥陀仏をもってして、阿弥陀さまの存在が確認できます。 (新幹線🚄の中で)

他人事

果たして、誰のための南無阿弥陀仏なのでしょうか。今一度考えてみたいものです。南無阿弥陀仏は誰のものか、そのことが知らされましたら、しめたものです。 (新幹線🚄の中で)

現在進行形

南無阿弥陀仏のはたらきは現在進行形です。私の人生も現在進行形です。つまり、そのはたらきに気付かされるチャンスも現在進行中です。いうならば「いま」ということです。さて、どうしましょう。 (新幹線🚄の中で)

感受する心

『阿弥陀経』の中に、お浄土の池には「八功徳水(はっくとくすい)が満ちていると説かれています。このことは浄土には〝八種類の特別なはたらきを、功徳を具えた水〟があるということではありません。お浄土の水も、娑婆の水も、地獄の血の池の水も、〝H2O〟…

「と」

「私と仏」の間に「と」がある。その「と」がはずれる。南無阿弥陀仏 【松並松五郎 念佛語録より】 これは、先日紹介(タイトル:垣根がない関係 ※1/20投稿)した、松並松五郎(念佛語録より)の言葉です。少し掘り下げてみたいと思います。 ここでいう「と…

「現代人の不幸」の原因

以下、哲学者である三木 清の言葉です。 『幸福について考へることはすでに一つの、恐らく最大の、不幸の兆しであるといはれるかも知れない。健全な胃をもつてゐる者が胃の存在を感じないやうに、幸福である者は幸福について考へないといはれるであらう。し…

人生いろいろ

人生、細く長く 人生、太く短く いずれにしましても、南無阿弥陀仏のない人生は虚しさしかありません。 おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏

千載一遇のチャンス

南無阿弥陀仏のはたらきに気づかずして終える人生に意味はありません。千載一遇のチャンスはそうそうありません。このいまが、そのチャンス到来の時です。 いま・ここで・私が、南無阿弥陀仏。 そういえる身になりたいものです。 おかげさまで 今日も 南無阿…

発想の転換

物事を色々な角度からみてみますと、いままで気付かなかった発見があるかもしれません。この季節、私の住んでいるところは雪かきが日課です。雪かきにおいても心もち一つで苦痛にもなり、楽しみにもなります。言い換えれば、発想の転換ができるか否かで天と…

娘からの贈り物

父の日に、娘からもらった贈り物をあろうことか落としてしまいました。7ヶ月と非常に短い期間の所持でした。決して高価なものではありませんが、娘の気持ちを想うと、とても心苦しいです(泣)。私にとって、その贈り物は娘の心が込められたかけがえのないモ…

最優先すべきこと

隣から牡丹餅もらって 、この小豆はどこで取れた 、この砂糖はどこでと 、いつまでもせんさくをしていると 、頂いた餅が固くなってしまうから 、牡丹餅たべながら 、生産地を聞いても 、おそくはないでしょう 。念仏はなれて理に走れば 、もの知りになるだけ…

阿弥陀さまと共に歩む人生

私の思うようにさせておいて 、南無阿弥陀仏が後からついてござる 。それが証拠に 、南無は阿弥陀仏の上にある 。私はあやつり人形である 。歩き初めの子供の後から 、親は後から支えて歩かせる 。子供は自分が歩いたと思って喜ぶ 。親も亦喜んでヨイヨイし…

垣根がない関係

あるお方 「海と陸 」との間に何がある 」 。 「と 」があるでないかと大笑い 。 「私と仏 」の間に 「と 」がある 。その 「と 」がはずれる 。南無阿弥陀仏 【松並松五郎 念佛語録 土井紀明 編 響流書房】 うまくいったものです。一心同体 南無阿弥陀仏で…

私の好きな時間

ジョギングができないこの季節、私の日課は雪かきです。そこそこ雪かきエリアがある私としましては、結構長時間、雪かきタイムを楽しでいます。それは、ジョギングと同様、阿弥陀さまと1対1で向き合えるからです。こんなに楽しい時間はありません。ですの…

本当の意味でめでたい人とは

門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし新年を迎え、早2週間が経ちました。これは、1月になると必ず思い出す一休の句です。新年を迎え、本当の意味でめでたいといえる人は果たしてどれくらいいるでしょうか。ここで、(新年を迎えて)本当に…

南無阿弥陀仏

日本の古い時代のことを書いた『古事記』を読んでいると、昔の人は、帰依の依の字に「ことよさせたまふ」という仮名を付けて読んでおります。ことよさせたまふとは、寄り、任す、ことの敬語であります。我々の仏に帰依するという南無の心は、仏が我々にこと…

人生とは

突然ですが、この図はどう見えますか? ちなみに、私は、ただの図形にしかみえませんでした(笑)。 (黒に注目するとただの図形、白に注目すると「LIFE」) この図をみていまして、過去に紹介した「LIFE」について思い出しましたので再掲載いたします。人生…

広い視点で

世界はひとつですが、世界地図をみてみますと色々あるようです。例えば、日常的に使用されているかどうかは定かではありませんが、オーストラリア(南半球)を中心とした世界地図は、私たちが普段使用している世界地図と上下が逆転しています。かなり違和感…