手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧

第82回 願教寺 夏季仏教講座(講師:大峯 顕 師)

南無阿弥陀仏に救われる

本日、第82回 願教寺 夏季仏教講座(講師:大峯 顕 師)に参加しました。 早朝6時からと、今までに経験したことのない時間帯のご聴聞でした。そういう意味でも とても新鮮でした。 願教寺(岩手県盛岡市北山)において、仏教夏期講習会が始まったのは明治39…

聞こえたまま

「聞いたら助かる」「聞けば助かる」というのは、自分中心のはからいからでる言葉です。 「〜したら」「〜すれば」は曲者です。 一方、「聞こえたまま」は、なんの力みもありません。 なんの意識もなしに空気を吸っているかのように自然です。 奥入瀬渓流(…

お念仏

お念仏 1 お念仏には一つの危険があります。本願の名号を自分の善根にしようとする危険、称名にしがみつこうとする危険です。けれども同時にまた、お念仏が他力をわからせてくださるというとことがあります。だから称名念仏が大事なのです。他力の信心に入…

すでに届いている(気付くか気付かないか)

すでに南無阿弥陀仏に包まれている状況下で、阿弥陀さまのおはたらきに気付かないでいることは誠に勿体ないことだと思います。お花畑のど真ん中にいるのに、その花の美しさや甘い香りに気付かないでいるようなものです。 阿弥陀さまのおはたらきに気付かせて…

阿弥陀さまを信じるとは

私たちは、たとえば美しい花に出会って美しいと本当に思った時には、自分を忘れているのです。自分は確かにここにいて向こうに美しい花があると思っているだけなら、美しいという感動は、本当は起こってないのです。自分の我を張っていたら、花の美しさに出…

南無阿弥陀仏のおはたらきの中で

同じ晴れ間の中にいる人々の間で 「今日の天気は晴れでしょうか?」というような会話は成立しません。 それは、晴れ間を感じていない人の会話です。 普通であれば 「今日はのどかですね」「今日はちょっと暑いですね」「太陽が眩しいですね」となります。 表…

梅雨に思う

「もうすでに梅雨は明けていました」と、遡って梅雨明け宣言をすることがあります。 梅雨明けの定義は不明確のようですが、 もし、梅雨明けの瞬間が分かったという人がいるならば、是非、会ってみたいです。 そのヒトは、きっと超人だからです。 たしかに、…

なにのやうもいらず

蓮如上人は、明応七(一四九八)年にお書きになった『夏御文章』第三通で、仏法聴聞の仕方について教えてくださっています。御こころをしづめ、ねぶりをさましてねんごろに聴聞候へ。 (『註釈版聖典』一二一五頁) 蓮如上人の時代でも、お説教が始まるとつ…

善人さま(浄土真宗の視点から)

答えが明示されていないパズルに挑戦して、どうしても解答が見いだせない場合、「問題そのものが間違っているのではないか」と、その問題自体に責任転嫁してしまうことがあります。 本来、向うべきはずの「パズルの解答を見いだす」ことに目がいかず、「パズ…

仏法あっての人生

上代日本に伝わった『仏説無量寿経』の教えを聞いて初めて、この人生は最初から阿弥陀さまの光が照っていたということに気づくわけです。お釈迦さまによれば、法蔵菩薩はこれから阿弥陀如来になられるのではなくて、もうすでになられているのです。なられた…