手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

2024-01-01から1年間の記事一覧

「はい」と応える

親鸞聖人は「南無阿弥陀仏」のこころを歌にした和讃の最初に、 真実明(しんじつみょう)に帰命(きみょう)せよ・・・・・・ 平等覚(かく)に帰命せよ・・・・・・ 難思義を帰命せよ・・・・・・ (『浄土和讃』、『真宗聖典』479頁) と書いておられま…

わかきとき、仏法はたしなめ

「バカは風邪をひかない」と言われますが、以前の私はバカだったのでしょう(笑) 最近は、以前より風邪をひくことが多くなってきたように思います。 免疫力低下? バカからの脱出?(笑) 冗談はさておき、体調を崩しますと、物事に集中できません。気合い…

受け入れる

今年の青森市は、冬の到来が早いようです。すでに、雪かきを開始しています。体力作りのジョギングができない環境となり、雪かきがその一助となります。なので、どうせならある程度まとまった降雪を期待します。中途半端な降雪では、ジョギングも雪かきもで…

分け隔てなく

金持ちも貧乏人もきょうは雨 柳名:麦そよぐ 【毎日新聞 仲畑流万能川柳 2024年12月7日付より】 「雨の中で生きているという点において、金持ちであろうがなかろうが、そんな境遇はまったく関係ない」ということでしょう。 この句を読んでまして、 蓮…

物語(ナラティブ)③    ~言葉の力~

人と動物の大きな違いは、言葉を使うか否か、です。阿弥陀さまは、その言葉に注目して「南無阿弥陀仏」をこしらえてくれました。だから、わたしは、いま・ここで、「南無阿弥陀仏」という言葉を聞き入れられているのです。いま現在、一人一人それぞれに、阿…

物語(ナラティブ)②   ~王舎城の悲劇~

親鸞は、観無量寿経の王舎城の悲劇をまさに「劇」、お芝居とみなしたのである。善導のいうように韋提希は凡夫であり、凡夫往生の先達であることを踏まえたうえで、阿弥陀仏の救いの徹底した働きが韋提希おいて現れていると捉えた。親鸞はその著『教行信証』…

物語(ナラティブ)①  ~ホモ・サピエンスは物語で考える~  

イスラエル・ヘブライ大学の歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ教授は著者『21Lesson 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社 2021)で、その影響力をこう記している。 「ホモ・サピエンスは物を語る動物であり、数やグラフではなく物語で考…

東条英機の言葉(2)

さらばなり 有為(うい)の奥山 けふ(今日)越えて 弥陀のみもと(御許)にゆくぞうれしき A級戦犯罪となった、元首相・陸軍大将 東条英機が処刑前日に詠んだ辞世の句のうちもっとも注目すべき一首である。「有為」とは、迷い濁りの世の中、無為(涅槃)た…

東条英機の言葉(1)

昭和23年12月2日、木曜日の午後1時半から巣鴨プリズンで第4回目に会ったときに言われた言葉にこういうことがあります。人間の欲望というものは本性であって、国家の成立というようなことも「欲」からなるのだし、自国の存在だとか、自衛というような…

お知らせ(2024年 親鸞聖人讃仰講演会:しんらん交流会館)

◎11月26日(火) 物語としての浄土教 講師:岩田 文昭 氏(大阪教育大学名誉教授) 承元の法難 ―「後序」という記述がないことを中心に― 講師:延塚 知道 氏(大谷大学名誉教授・真宗大谷派講師) ◎11月27日(水) 「死へと遺棄される場所」から問う 講師…

人生、「あっ!」という間

ここ最近、「人生100年時代」という言葉をよく耳にします。しかしながら、現状とはかなりのギャップ(男性においては20年のギャップ)があります。以下、今年7月、厚生労働省が発表した平均寿命などの数値を提示します。 1)平均寿命:男性81.09…

本願の法(南無阿弥陀仏のはたらき)

本願の法は、時間と空間を超えて十方衆生(じっぽうしゅじょう)に回施(えせ)されています。そこでは時間によって変わるという問題はありませんでした。 ただ、その本願を聞き受ける、一人ひとりの人生の上では、聞法を契機に信前と信後が生じるのは当然で…

お月さま🌕

【目奪われた版画 ※令和6年9月20日(金)掲載(読売新聞 ひろば:青森版)】 新聞投稿しました。テーマは「満月🌕」です。 この版画(月光の響き)の情景と現在の「自分の心境」が重なります。 おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏 ※14年前(2010年)の投…

ベースに南無阿弥陀仏  

長く続く幸せのポイントは「状態」にあるということです。短い時間の単位ではなく、その時間が持続している「状態」です。 たとえば今日、ちょっとした原因で夫婦ゲンカをしてしまった。仕事で取引先から嫌味をいわれた。上司に怒られた。 そんなイヤなこと…

他力は普遍的な道理

他力は普遍的な道理、すなわち、すべての人に同じくひとしくはたらく万有引力のようなものです。ニュートンは、木からリンゴを落ちるのを見て、その法則を発見したといわれますが、ニュートンが発見する前から、人類はずっとその法則の中で生きていました。…

まずは自分自身

仏法のありがたさや出遇えたよろこびを語ろうと思うならば、まずは自分自身が仏法のありがたさに目覚め、よろこぶ人でなければなりません。法話をおこなうには、人前で話す度胸や技術、個性も大切ですが、それらはある程度訓練すれば、きちんと身についてき…

一心に阿弥陀如来

『領解文』の文中、 一心に阿弥陀如来 という一文は非常に大事なことを仰ってあります。それは、私たちの信心というものが、他の神とか仏・菩薩、そういうものに帰依することなく、二心なく阿弥陀一仏に帰依するものであるということです。親鸞聖人は、宇宙…

弥陀の誓願があって本当によかった!

下記(青字)、ブログ「お慈悲のままに」からの引用です。 【タイトル】 Life Is like an Onion(人生は玉ねぎのよう) Life is like an onion: you peel off layer after layer and then you find there is nothing in it.(人生は玉ねぎのようだ。ひと皮ひ…

浄土真宗の教え(シンプル or 難しい)

今日では、親鸞聖人(1173〜1263)や浄土真宗の教えに興味を持つ人であれば、誰でも親鸞聖人の主著である『教行信証』を読むことができます。それは、親鸞聖人の教えが浄土真宗という宗派にとどまらず、地域や時代の粋を超えて、あらゆる人に開かれたもので…

念仏とはどういうものか

『歎異抄』には、「念仏とはどういうものか」ということが折りに触れて、繰り返し説かれています。第十条にも重要な説明があるので、見てみましょう。 念仏には、無疑(むぎ)をもて義(ぎ)とす。不可称(ふかしょう)・不可説(ふかせつ)・不可思議(ふか…

冷暖自知 ~感じる心~

「冷暖自知(れいだんじち)」という言葉いいですね。 口にした水の冷たさ、暖かさを自ずと知る意。禅門では、悟りの体験はそれを得た者のみが体感できる意で用いる(岩波 仏教辞典 第三版 P1101より)、とあります。「浄土真宗の信心」をわかりやすく語る上…

南無阿弥陀仏を称える人

南無阿弥陀仏は時間と空間を超えています。南無阿弥陀仏は目には見えません。音と声にはなりますが、音楽とも違います。音楽を形容するばあいに永遠という言葉を使うかもしれませんが、その音楽を聞けば死ななくなるということはないでしょう。たとえば、モ…

自分に言い聞かせる必要なし

救うといっている阿弥陀さまの言葉が聞こえたということが、とりもなおさず私たちが阿弥陀さまに救われたということです。聞いてよく納得したというときにはもう余計なものが入っています。今日のお説教はよく納得できた、今までわからなかったことがすとん…

終活

私の1日は、新聞を読むことから始まります。早朝4時に起床し、地元紙、毎日、読売の3紙に目を通します。とりわけ、楽しみにしているのが読者投稿欄です。最近は、政治とカネ、世界各地で起こっている紛争をはじめ、実生活での明るい話題や悩みなど、共感…

蓮如(れんにょ)の文章

蓮如の『白骨の御文章』は、広く人々に親しまれできた文章ですが、それを、くり返しが多く、常套的(じょうとうてき)な表現や手垢(てあか)のついたフレーズが多い文章である、と批判する人もまた少なくありません。その人たちはひょっとすると、彼の文章…

妙好人 石見の善太郎

阿弥陀如来の、法蔵比丘でありしとき 善太郎、仏にならじは われも仏にならじと誓いたまい ついにはその願、成就したまいた証拠が なむあみだぶつに正覚をとりなさりた なむあみだぶつ、なむあみだぶつ この詩文において、善太郎はたんに善太郎ではない。善…

このいま・ここで・わたしに

この世の中には、明るい方向と、暗い方向がある。明るい方へ向いている花は早く咲くではないか。暗い方角にある日陰の花は、どうしても花開くのが遅くなる。道を求めるというのも同じことである。もうすでに明るい人生に甦(よみがえ)った人もいる。今甦ろ…

「南無阿弥陀仏」という言葉

東洋の伝統的な思想のなかでは、多くの場合、言葉は分別の力によって世界を把握していくための枠組みないし道具であり、それによって生みだされた世界像は虚構性に満ちていると考えられてきた。 それに対して親鸞は、真なるものが言葉に現れると考える。そし…

自分の都合

同じように蓮如さまは教えられた。「自分の狭い思いの部屋の中に閉じこもって、教えを聞いているつもりになっている者は、その自分の都合という障子を取り払ったら、一度に明るい世界に顔を出すことができるに」と。本当に有難い教えでありました。 【現代語…

阿弥陀さまと一緒

金森の善従に、ある人が、「近頃は寂しくお暮しでしょう」と話しかけると、善従は「私は八十になるが、この歳まで、寂しいと思ったことは一度もなかった。なぜかと言えば、私は幸運にも、阿弥陀如来の明るい眼にめぐりあい、毎日、親鸞さまの和讃やお念仏の…