救うといっている阿弥陀さまの言葉が聞こえたということが、とりもなおさず私たちが阿弥陀さまに救われたということです。聞いてよく納得したというときにはもう余計なものが入っています。今日のお説教はよく納得できた、今までわからなかったことがすとんと腑に落ちた、というのは余計です。納得も「すとん」も余計であって、ただ救うという言葉だけが本当なのです。
だから「私は阿弥陀さまのお救いを固く信じています」と力む人は、余計なことをしているのですね。こちらが固く信じたから救われるのではありません。向こうが救うと言ってくださるから救われるのです。そうではありませんか。阿弥陀さまがあなたを救うと、夜も昼も言っておられるからです。
【本当の言葉に救われる 大峯 顯 百華苑 P10より】
ここでもありますように、阿弥陀さまは「あなたを必ず救う」と四六時中、言ってくださっています。仏さまに、ウソという言葉はありません。ですので、私は、「ありがとうございます!」と、ただ応えるだけ、なのです。
語弊はありますが、長い物には巻かれろ、です。力む必要は皆無です。私は阿弥陀さまのことを固く信じる(自分に言い聞かせる)、と自分のフィールドに阿弥陀さまの救い、をもってくることはナンセンスです。
阿弥陀さまの「あなたを必ず救う」という声なき声(南無阿弥陀仏のはたらき)に、私は「ありがとうございます!」と感謝のお念仏(南無阿弥陀仏)を称えるだけ、です。至ってシンプルなのでした。
おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏
猿賀公園(青森県平川市)にて 撮影日:2022年7月24日(日)