手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

そのかごを水につけよ、我がみをば法にひてておくべき

「そのかごを水につけよ、我がみをば法にひてておくべき」
               (蓮如上人後一代記聞書)


 これは五百年も前のことですが、ある人が蓮如上人に自分の心を素直に告白して言いました。「仏様のお話を聞かせていただき、その場では有り難く尊いものであると思っていても、何日か経つと、まるで籠からすくった水がぼたぼた落ちるかのように、仏法の有り難さも忘れて、元の状態に戻ってしまいます。どうすればいいのでしょうか。」
そう言われた問いに対して、蓮如上人は「そのかごを水につけて、我が身を仏法に浸しておきなさい」とお答えになりました。つまり、籠に水を入れようとするのではなく、籠自体を水に浸しておくかのように、自分自身を常に仏法に浸しておけばいいのですと、おっしゃったのでした。
浄土真宗本願寺派 立徳寺 法話より】
http://www.ryuutokuji.com/blog/2014/10/post-63.php



妙好人おその 編
「そのかごを水につけよ、我がみをば法にひてておくべき」という蓮如上人のお言葉
を、妙好人おそのさんの「団子汁の譬え」に置き換えてみますと以下のようになります。
「団子(わたし)をグツグツ煮立ったお鍋の中に入れておきなさい」
グツグツ煮えたぐった熱湯の中にある団子は、嫌でも、いずれ煮え上がり鍋の上へ浮いて来ます。団子といいましても、大きい団子、小さい団子、団子の素材等バラバラです。時間差はあれでも、いずれ鍋の上に浮き上がってきます。時間の問題です。
南無阿弥陀仏のはたらきの中で生きている我々も同様です。私は無宗教といっている人、キリスト教を信じている人、お金稼ぎに夢中になっている人など様々です。時間差はありますが、いずれ鍋の上に浮かび上がります。それは、常に、南無阿弥陀仏のはたらきに包まれて生活しているからです。そのはたらきに気付くか否か。時間の問題ではありますが、それは、今に越したことにはありません。


団子汁の談合(妙好人 おその)
http://d.hatena.ne.jp/tarou310/20100815



●手品師 編
「そのかごを水につけよ、我がみをば法にひてておくべき」という蓮如上人のお言葉
を、私の切り口からいいますと以下のようになります。
以前の話になりますが、「恋するフォーチュンクッキー」というAKB48の曲が流行りました。当時、AKB48のファンであった娘とのテレビチャンネル権争いに負けて、四六時中、その曲を聴かされる状況が続きました。当初は「耳障りだなぁ〜」と鬱陶しかったのですが、ある時、「フォーチュンクッキ〜♪♫」とメロディーを口ずさむ自分に気付いてハッとしたことがありました。何故か刷り込まれていたのでした(笑)。なんか似てますね〜。
おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏