手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

2020-01-01から1年間の記事一覧

お仏壇(おぶつだん) 金子みすゞの詩

お背戸(せど)でもいだ橙(だいだい)も、町のみやげの花菓子も、仏さまのをあげなけりや、私たちにはとれないの。 だけど、やさしい仏さま、じきにみんなに下さるの。だから私はていねいに、両手かさねていただくの。 家(うち)にやお庭はないけれど、お…

心のこもった贈り物

チョコレート南無阿弥陀仏大事な六字の贈り物 東京都中央区の築地本願寺では今月、境内にある掲示板にこんな言葉を掲げている。バレンタインデーに贈られる心のこもったチョコ同様、「南無阿弥陀仏」も仏様のお心がこめられた贈り物、ということを表現したと…

「他力本願」の本来の意味は・・・

私たち真宗門徒の間にも、他力という語に対する誤解や混乱がないわけではありません。たとえば「生かされて生きる」ということを他力であるという言う人がいます。たしかに私たちは、自分の能力や努力だけでは生命を維持できません。ツメや髪の毛が伸びるの…

何が大事なのか

メモを取ることが目的化してしまい、肝心の議論には加わらない。南無阿弥陀仏という語源の意味を知ることが目的化していまい、肝心の南無阿弥陀仏のはたらきに気付かされることには無頓着。何が大事なのか、肝に銘じたいところです。私の生死問題においては…

そのまま聞く

鳴ったものと、聞いたものは一つ。鳴ったものが、はっきりしないから、聞いたものが、はっきりしない。自分の目の前で鐘がなったら、鐘と聞こえるはず。鐘の音を鐘と聞く。【松並松五郎念佛語録 響流選書 より】 南無阿弥陀仏を南無阿弥陀仏と聞く。簡単です…

自己解決?!

仏法を聞いていくと、私は私の心を問題にするようになる。そして、だんだんと深まってくる。自分というものを考えていく。そのことを照らされるという。このようにだんだんと聞いて深まっていくと、われわれの心にピカピカの金色まばゆい大信心というものが…

言葉の力

木像とか絵像というのは、これは浄土にまします如来であり、五念門ということから言えば、これはあくまでも観察の世界です。観の対象、観察門です。それに対して、方便法身によって法性法身を出(い)だすという、こちらのほうが名号です。法性法身によって…

変な表現(重言)

100%他力という表現がありますが、他力は、そのような表現をしなくても100%他力です。他力といっても、素直に他力と受けとることができない人が非常に多い現状から出た言い回しだと推察します。 100%他力という表現は、頭痛が痛い、馬から落馬する…

言葉が語る

「言葉が語る」は、私の金言です。言葉には、はたらきがあるということです。大峯 顕先生が、よく話しに出されていたフレーズです。先生の「言葉に対する捉え方」にわたしも共感しています。仏教を聞けるのは、言葉を使用して生活している人間だけです。人間…