雨と聞くと、思い出す話がひとつあります。昔あるテレビキャスターが、六月の梅雨の時期に、週末前の放送で「週末は雨が降らないといいですね」といって番組を終えました。すると、「農家では雨が降らないと困るんだ」と抗議電話がかかってきた。ことほどさように、雨はそれぞれの人によってまったくイメージが違うんですね。「恵みの雨」という言葉もある一方で、災害を引き起こすような「困った雨」もある。これは雨に限りません。「週末を楽しくお過ごしください」と言っただけでも、「土日が休みとは限らない」と抗議を受けることがある。言葉というのは、受け取る人によって、イメージがまったく違う。そのことを学ばせてもらった出来事でした。
【書く力 池上 彰 竹内政明 朝日新聞出版 P32、P33より】
私の場合、雨といえば、「困った雨」という受け取り方がほとんどです。日照りが続いて田畑の水不足が懸念されるような状況にある農家の方においては「恵みの雨」となりましょう。同じ雨でもその立場や環境等によって、受け取り方が全く違うケースがいろいろな場面であることは留意すべきです。
では、「南無阿弥陀仏」についてはいかがでしょうか。
お呪い(おまじない)や魔除けのような捉え方で唱える南無阿弥陀仏なのか。あるいは、阿弥陀さまと心が通じ合って会話をするような感じで称える南無阿弥陀仏なのか。前者と後者の受け取り方の違いは雲泥の差です。後者でありたいものです。
おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏