手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

愛犬との別れ

 

  令和2年3月28日(土)、愛犬が旅立ちました。彼と共に暮らした16年間は、我々家族にとって、とても楽しい日々でした。迎えて送るという立場は本当に辛いものです。今頃、彼は何をしているのかな、と思ったり考えたり。遅かれ早かれ、彼も阿弥陀さんに出会う日が来るでしょう~。
  いま、南無阿弥陀仏のはたらきに気付かされた(気付かされている)人は、寿命尽きれば仏となります。そうなれば、仏の智慧で知りたかったことすべてが明確になるのでしょう。愛犬がどうしているのかも。
  家内の希望で、愛犬の写真を仏壇にも置いています。毎朝、家内は、亡き愛犬に手を合わせているのですが、その奥には、「南無阿弥陀仏」の名号があります。本人は阿弥陀さまに手を合わせているという意識は低いかもしれませんが、愛犬を通して自動的に阿弥陀さまに手を合わせている光景を見ますと、なんか不思議な感じがします。
  愛犬が元気な時から、彼の耳元で「南無阿弥陀仏」と囁いていました。これも阿弥陀さんに早く遇える縁となるのかな、と全く都合がよい思いかもしれませんが、そんなことをしていました。実際どうなのでしょうか。そういうことも含めて、私自身、寿命を終えた時、分からせてもらえる。そして、南無阿弥陀仏となって、迷っているすべてに、はたらきかけるという素晴らしい活動ができることに感謝です。「南無阿弥陀仏」があって本当によかったと思える日々です。
おかげさまで  今日も  南無阿弥陀仏

 

f:id:tarou310:20190104182036j:plain蓮太郎(ポメラニアン)   2004年1月30日~2020年3月28日

 

追記:5月17日(日)

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