手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

不思議    🌺金子みすゞ(5)

 

わたしは不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

 

わたしは不思議でたまらない、
青い桑の葉たべている、
蚕が白くなることが。

 

わたしは不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

 

わたしは不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。

【金子みすゞ大全集–生誕100年記念–(朗読CD)第九巻より】

 

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この世の中には、不思議なことは沢山あります。いま・ここで・私が生きていることも不思議です。そんな中、私が、いま、ここで、南無阿弥陀仏のはたらきに気付かされていることは不思議の中の不思議です。普段、「当たり前」と思っていることは、本当は「当たり前」ではなかったのでした。

 

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お佛壇   🌺金子みすゞ(4)

 

お背戸(せど)でもいだ橙(だいだい)も
町のみやげの花菓子も、
佛さまのをあげなけりゃ、
私たちにはとれないの。

 

だけど、やさしい佛さま、
ぢきにみんなに下さるの。
だから私はていねいに、
両手をかさねていただくの。

 

家にやお庭はないけれど、
お佛壇にはいつだって、
きれいな花が咲いている。
それでうち中あかるいの。

 

そしてやさしい佛さま、
それも私にくださるの。
だけどこぼれた花びらを、
踏んだりしてはいけないの。


朝と晩とにおばあさま、
いつもお燈明(あかり)あげるのよ。
なかはすっかり黄金(きん)だから、
御殿のように、かがやくの。

 

朝と晩とに忘れずに、
私もお禮(れい)をあげるのよ。
そしてそのとき思うのよ、
いちんち忘れてゐたことを。

 

忘れてゐても、佛さま、
いつもみてゐてくださるの。
だから、私はそういふの、
「ありがと、ありがと、佛さま。」

 

黄金の御殿のようだけど、
これは、ちひさな御門なの。
いつも私がいい子なら、
いつか通ってゆけるのよ。

【金子みすゞ大全集–生誕100年記念–(朗読CD)第七巻より】

 

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お佛壇の前で、阿弥陀さんとみすゞさんが、会話している情景が思い浮かびます。阿弥陀さまは、私が阿弥陀さまのことを忘れていようがいまいが、そんなことには関係なく、私のことを気にかけてくれるのでした。ありがと、ありがと、阿弥陀さま。

 

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灰    🌺金子みすゞ(3)

 

花咲爺さん 灰おくれ
笊にのこった 灰おくれ
私は いいことするんだよ

 

さくら もくれん 梨 すもも
そんなものへは撒きゃしない
どうせ 春には咲くんだよ

 

一度もあかい花咲かぬ
つまらなそうな 森の木に
灰のあるたけ撒くんだよ

 

もしもみごとに咲いたなら
どんなにその木はうれしかろ
どんなに私もうれしかろ

【金子みすゞ大全集–生誕100年記念–(朗読CD)第六巻より】

 

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歎異抄にでてくる「悪人正機」という言葉が思い浮かびます。

「私」は、阿弥陀さま。

「森の木」は、悪人。

「さくら ・もくれん・ 梨 ・すもも」は、善人さま。

阿弥陀さまのお慈悲は、いま苦しんでいる人により深くはたらきかけるのでしょう。

 

 

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蓮と鶏   🌺金子みすゞ(2)


泥のなかから 蓮が咲く
それをするのは 蓮じゃない

 

卵のなかから 鶏がでる
それをするのは 鶏じゃない

 

それに私は 気がついた
それも私の せいじゃない

【金子みすゞ大全集–生誕100年記念–(朗読CD)第六巻より】

 

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すべて、阿弥陀さまのお計らいなのでした。みすゞさん自身、南無阿弥陀仏のはたらきに気付かされて詠った詩なのでしょう。

 

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さびしいとき    🌺金子みすゞ(1)

 

私がさびしいときに
よその人は知らないの

 

私がさびしいときに
お友だちは笑うの

 

私がさびしいときに
お母さんはやさしいの

 

私がさびしいときに
仏さまはさびしいの
【金子みすゞ大全集–生誕100年記念–(朗読CD)第六巻より】

 

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阿弥陀さまとみすゞさんは、一心同体なのでしょう。つまり、一心同体南無阿弥陀仏。阿弥陀さまは、いつも、わたしに寄り添っておられるのでした。ひとりぼっちではありません。

 

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お悔やみ欄 ①

 

   義理の兄は、地元紙をとっている大きな理由に、お悔やみ欄が充実していることを挙げた。新聞記事の内容に目を通さなくても、お悔やみ欄だけは必ずチェックしてから仕事に出かけるとのこと。以前、香典をもらった本人やその身内に滞りなくお返しをするため、だという。
 お悔やみ欄をみていると、まだ若い20代の名前が載っていたりする。先日は、2歳の男の子の名前があった。この世は、老少不定の世界であることをあらためて思い知らされた。
 誰もが、南無阿弥陀仏の世界にふれてほしい、と願うばかりだ。
 おかげさまで 今日も南無阿弥陀仏


老少不定
人間の寿命がいつ尽きるかは、老若にかかわりなく、老人が先に死に、若者が後から死ぬとは限らないこと。人の生死は予測できないものだということ。
※goo辞書(三省堂新明解四字熟語辞典)より

 

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自分のことになって響く

 

  最近ある自治体から、日々の歩数を記録する健康事業の参加者が、コロナ禍で増えたという報告がありました。新型コロナウイルスの感染に注意することで、健康への関心を高めたことが一因だと考えられます。

  「無関心層」に向けて健康情報を発信し、健康リテラシー(理解力)を上げ、健康にプラスになる行動につなげることは簡単ではありませんが、繰り返し耳にした情報が、なにかのきっかけで自分のことになって響くことがあるようです。

【朝日新聞 令和2年6月20日(日)付 30面 新型コロナより抜粋】

 

 

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 なんかピンときませんか?

「南無阿弥陀仏」のはたらきを語る上で、参考になる文章といいますか、重なる部分があるなぁ〜、と思いました。この文章を、私なりに「南無阿弥陀仏」目線で言い換えてみました。

「近親者などの死を目(ま)の当たりにしたことで、いずれ私(自分)も死んでいかなければならない、ということがより現実味を増しました。阿弥陀さまの南無阿弥陀仏のはたらきは、いま・ここで・私に、はたらいています。ですので、遅かれ早かれ、南無阿弥陀仏のはたらきは、私の心に響くのです。」

 

おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏

 

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