手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

倶会一処

 今日は私の誕生日です。1年1年浄土に歩ませて頂いています。
誠にありがたいことです。なむあみだぶつ。


以下、母からの温かい祝いの言葉を紹介させて頂きます。


『 誕生日おめでとう。年をとるにつれて「おめでとう」と言われるのはあまり嬉しいものではないけれど、これまで生きてこれたことがおめでたいですね。
 でも生きてよし、死んでよしの身にさせて頂いた今は、一日一日が浄土への旅だと心から嬉しく思われます。そのまま来いと阿弥陀さまは言われているのですから、別にこうしようああしようと思わなくてもいいのですが、お母さんくらいの年になると、いつ死んでもいいように、老前整理に心がけようようと思う今日この頃です。
 「倶会一処」という言葉がありますが、我々親子は最高に幸せ者だと思います。手品師家族、往生はなげた家族、そしてお母さん。
 今生では親子、嫁姑、孫の関係ですが、言いならわしにもあるように、「親となり子となり来るも今ならず、二世も三世もつきぬ契りぞ」の言葉のように、○○さんや○○ちゃん、○○ちゃんや○ちゃんは、前世においてお母さんの子供だった可能性大です。
 今となれば、大沼さんの信心のほどはどうだか分りませんが、彼の残した歌に「嫁姑前世の親子と知らずして」というのがあります。これには本当に感動しました。
 家族の皆が倶会一処できるよう、阿弥陀さまに救われてほしいと願わずにおれません。 』



ありがたい言葉ありがとう!
あと、そろそろブログを始めてみては・・・(笑)


倶会一処
くえ‐いっしょ〔クヱ‐〕【×倶会一処】
仏語。念仏者は等しく西方浄土に往生し、一つところに相会うこと。
阿弥陀経に「諸上善人倶会一処」とあるところから出た語。
【国語辞書 - goo辞書より】