手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

名 号

如来様はただ心眼にしか見えない法性の形にとどまっていらっしゃらないで、その法性の形を捨てて私たちのところに来て、私たちの耳が聞き口に称える南無阿弥陀仏という言葉になってくださっているのです。
ナンマンダブという名号は凡夫が最も保ちやすい形、となえやすい言葉だからです。
観想の対象としての仏は、私たちと遠くはなれていますが、言葉としての仏は私たちを決してはなれません。
いつでもどこでも私たちに直接しています。凡夫にわかる仏とは実に言葉だという真理を、如来様はすばらしい智慧誓願の不思議によって考えつかれ、ご自分が名号になられたのであります。
つまり、名号はいわば如来さまの手形であります。
名号を称える一切衆生をお浄土に迎え取ろうと約束して下さった。これは、如来さまの約束です。凡夫と如来様のとの約束じゃありません。
「仏と仏との御はからひなり」と聖人は御手紙に書いておられます。
これこそ『大無量寿経』というお経に説かれている釈尊の教えの核心だと聖人は受けとられたのです。
誓願か 名号か『歎異抄』第十一条 大峯 顕 百華苑 P33,34より】