手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

月のひかり  🌺金子みすゞ(10)

 

月のひかりはお屋根から、

明るい街をのぞきます。

なにも知らない人たちは、

ひるまのやうに、たのしげに、

明るい街をあるきます。

月のひかりはそれを見て、

そつとためいきついてから、

誰も貰はぬ、たくさんの、

影を瓦にすててます。

それを知らない人たちは、

あかりの川のまちすぢを、

魚のやうに、とほります。

ひと足ごとに、濃く、うすく、

伸びてはちぢむ、氣まぐれな、

電燈(でんき)のかげを曳きながら。

 

月のひかりはみつけます、

暗いさみしい裏町を。

いそいでさつと飛び込んで、

そこのまづしいみなし兒が、

おどろいて眼をあげたとき、

その眼のなかへもはいります。

ちつとも痛くないやうに、

そして、そこらの破(あば)ら屋が、

銀の、御殿にみえるよに。

子供はやがてねむつても、

月のひかりは夜あけまで、

しづかにそこに佇(た)つてます。

こはれ荷ぐるま、やぶれ傘、

一本はえた草にまで、

かはらぬ影をやりながら。

【『金子みすゞ童謡全集』(JURA出版局)より】

 

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 「月のひかり」は、「阿弥陀さま」のことをいっているのでしょう。阿弥陀さまは、私が寝ていようが、起きて楽しく遊んでいようが四六時中、やさしく私を見守ってくれています。そんなこともつゆ知らず、日々生活している私です。そんな阿弥陀さまのやさしい心に触れたとき、「南無阿弥陀仏」と感謝のお念仏が自然と溢れるのです。阿弥陀さまと私の間に距離はありません。この今、その阿弥陀さまのやさしさにふれてみたい、ものです。

 今回紹介しました金子みすゞさんの詩(月のひかり)から、そんなことを思いました。いかがでしょうか。

おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏

 

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