手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

私の狭い了見でモノを見る

 

私達もどこまで未来を見通す眼をもっていますかね。今さえよければいいと往々にしてなっています。また「五欲」というのは目、耳、鼻、舌、そして身。いわゆる五感です。直接的に感覚できるものに貪着したのです。逆にいえば、日ごろ私達はそれ以外のことは思いもよらないのです。自分の見たことは信じるけれども、見たことの無いものは信じない。しかし、本当は見ているつもりの目が当てにならないのではありませんか。自分の関心にひっかかることしか見えていません。自分に関心のあることしか聞こえないわけです。同じ物を食べても、そのときの状態でうまかったりまずかったりします。直接の感覚を当てにしていますけれども、実は本当に狭い範囲、薄っぺらなところしか感覚できていないということがあります。

【大無量寿経講義 尊者阿難座より起ち  一楽真  響流書房より】

 

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当てにならない自分の感覚で、物事を捉えることの危険性を知らされる内容です。生死問題のことであれば尚更です。南無阿弥陀仏によるしかないことを、あらためて知らされました。

おかげさまで  今日も南無阿弥陀仏

 

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