手品師

浄土真宗の信心を中心に綴ります

お悔やみ欄

 

  毎朝、朝刊のお悔やみ欄をチェックしています。名前が載らない日はありません。義兄の新聞購読の大きな理由は、知り合いが亡くなったことを見逃さないためと言います。毎朝、お悔やみ欄に目を通してから仕事に出かけるとのこと。亡くなった人の家族に漏れなく香典を届けることに気を配っています。人との付き合いも大変です(笑)。

 お悔やみ欄に掲載される多くの人は高齢者ですが、先日は14歳の女の子の名前が目に留まりました。私より若い人の名前も普通に掲載されています。お悔やみ欄をみて、次は私の番だな、という思いは微塵もなく、いついつまでも生きていくつもりの私です。「私の死」においては傍観者なのです。これが現状なのでしょう。

  そんな中、南無阿弥陀仏に出遇えている人は幸せ者です。いつ死んでも、どんな死に方をしても行き先は決まっているからです。根底に大安心がある生活ほど心強いことはありません。

 おかげさまで  今日も 南無阿弥陀仏

 

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