手品師

浄土真宗の信心を中心に綴ります

世間虚仮(セケンコケ)

 私の趣味はジョギングです。この時期は、片道約30分の距離(ジョギングで)にある小牧野遺跡まで(自宅〜小牧野遺跡往復)走っています。ジョギングは、体力維持・気分転換だけでなく自分と対話ができる時間でもあります。もっと掘り下げますと、阿弥陀さまとじっくり対話できる時間にもなります。今朝は、以下のようなことを思い考えながらジョギングしました。

 「私は、出かけるときは極力、車よりは電車、バスや徒歩を選択します。確かに車は便利ですが、車の存在が重荷になってしまいます。駐車場に入れたら入れたで、車のことを気にしなければなりません。その点、体ひとつであれば身軽です。最近は、この身体さえも重荷だなぁ〜、と感じる時があります。絶えずメンテナンスをしなければならないからでしょう(笑)。いずれこの身体とも別れなければならない時が来ます。その時は、本当の意味で身軽になれるのだなぁ〜、とあれこれ考えながら走りました。」

   本当の意味で身軽になる状況になるには、いま・ここで・私が、南無阿弥陀仏のはたらきに気づかされることは大前提であることを追記しておきます。

   そういえば、生前、大峯 顕先生は、いまこうして生きているけれども、それぞれ演じて生きていると話されていました。つまり、医療に従事している人であれば医者や看護師を演じている、サラリーマンであれば会社員を演じている、農業に従事している人であれば農家を演じている、ということです。みな、それぞれの立場で演じて生きている、ということです。この世は、しばらくの縁でしかありません。

  聖徳太子は、

 「世間は虚仮(こけ)なり。唯(ただ)、仏のみ是れ真(まこと)なり。」

といわれました。この世にある物事はすべて仮の物であり、仏の教えのみが真実である、という意味です。やはり、行き着くところは仏教ではないでしょうか。その仏教の中でも浄土真宗の教えは、より光輝いているように思います。

 おかげさまで 今日も 南無阿弥陀仏 

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小牧野遺跡(青森市)についての投稿(B級手品師:東奥日報&日常編)より 

http://btejina.hatenadiary.com/search?q=%E5%B0%8F%E7%89%A7%E9%87%8E