手品師(浄土真宗の教えについて)

「浄土真宗の信心について」を中心に綴ります

棟方志功の回心

 ある日、棟方がやってきて玄関を上がったところ、柱に掛けてあった短冊にくぎ付けになった。それには曽我量深の筆で「宿業者是本能、即是感応道交」と書いてあった。やがて棟方は「うわぁ!」と叫んで倒れ、そこいらじゅうをころげまわって、「ついにやった」「ついにやった」「これだ」「これだ」とわめいていた。そして立ち上がり、「絵の道具、とってくる」と言って自転車で飛んで行った。
 しばらくして戻ってきた棟方は、二階の法話室に駆け上がってふすま四枚全部引き倒し、春夏秋冬の観音四体を描き、わしらに墨をたっぷりすらせて筆をたばね、ふすまを裏返して「宿業者是本能 即是感応道交」と太々と書き上げた。それこそ、アッ、という間のできごとだった。
 またある日、法話におとずれた曽我先生がふすまをご覧になって、「いったい、これはどうしたんだね」と尋ねられた。「棟方の落書きですよ」と答えると、「ふーん」とうなってながめておられた。しばらくして大谷大学で清沢満之先生生誕百年の記念講演会がおこなわれ、鈴木大拙先生がまず演壇に立たれ、「清沢先生は今も生きておられる」という話をなされた。そのあと曽我先生が演壇に立たれて、「先ほど鈴木先生が、清沢先生は生きておられるということをおっしゃられたが、清沢先生はどこに生きておられるか? それは宿業のなかに生きておられる。宿業者是本能、即是感応道交は私が感得した言葉である。私はこの心を何とかわかってもらいたいと思い、全国をめぐってお話ししたが、残念ながら大谷派にはわかってくれる人がいなかった。たった一人例外があって、棟方志功という画伯が、この言葉の真意をまっすぐに受け止めてくれた。富山県福光町の白道舎の二階の落書き(※1)にその証拠がある」と話された。(吉田龍象 書)
【棟方志功の念仏体験 太田浩史 P10、P11より】


太田 浩史(おおた ひろし)
1955年 富山県城端町(現南砺市)大福寺に生まれる
大谷大学卒業。真宗大谷派高岡教区大福寺住職。
高岡教区教化本部長、同朋会館・真宗本廟・真宗会館教導。
日本民藝協会会長


宿業者是本能、即是感応道交
宿業とは、自分ではどうすることもできないこと
本能とは、本当の自分ということ
感応道交とは、仏との出遇う場所、仏との出遇いです。
【仏教講座 講演より】


感応道交
http://d.hatena.ne.jp/miko415/20140411
お慈悲のままに ※Mutual Sympathy between Two(感応道交)より




大変、素晴らしい講演でした。
棟方志功は、世界の版画家として称賛されています。
しかし、今回は、版画家・棟方としてでなはく「念仏者」としての視点からのお話しでした。
とりわけ、富山での疎開生活6年半は、棟方の人生において大変意義深い期間でありました。
『富山では、大きないただきものを致しました。それは「南無阿弥陀仏」でありました。衣食住でも、でしたが、それよりもさらに大きないただきものであったのです。』
と、棟方は告白しています(板極道P100)。
講演最後に、棟方志功の最高傑作と称した版画絵「後二河白道之柵」(このブログの表紙)の紹介をされました。善興寺(富山県高岡市)に行かれた際は、是非見て頂きたい、とのことでした。私も是非、直でみてみたいものです。
棟方志功を通して、青森と富山が南無阿弥陀仏で繋がっているように思います。
版画家・棟方志功も凄いですが、
わたしにとっては念仏者・棟方志功により共感を覚えます。
今回の講師である太田師は、念仏者・棟方志功の語部(かたりべ)としても活動されています。真宗王国・富山という環境に身を置かれている方はしあわせですね。これもなにかの縁なのですね。
今日も南無阿弥陀仏。


語部(かたりべ)
昔から語り伝えられる昔話、民話、神話、歴史などを現代に 語り継いでいる人を指していう。



棟方 志功
http://d.hatena.ne.jp/tarou310/20130224


http://d.hatena.ne.jp/tarou310/20141116